Bi-Bo-6

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日常のあれこれ

ON! 026 - 2012 Summer

江口裕之 CEL 英語ソリューションズ 最高教育責任者

 多少大胆な表現になるかもしれまえせんが、言語には二種類あると思います。ひとつは汎用化しグローバル化していくことで、多くの人に使われ誰にでもストレートに意味が通じやすくなっていく言語です。そしてもうひとつは、成熟していくことで言い回しが複雑になり、限られた人たちにしか伝わりにくくなっていくものです。前者の代表は英語であり、後者にはフランス語や日本が当てはまるのではないでしょうか。日本語はある意味閉鎖的で、究極的には言葉を使わずにコミュニケーションをとることが最上とされるところがあります。そこには、物事をはっきり言うのは洗練されていない、感情をストレートに出すのは未熟であるという自制心も働いているのだと思います。実は、日本のおもてなしの精神にも、そういう部分があるのではないでしょうか。
 たとえば、旅館の接客を考えると、食事や風呂の時間が決められていたり、食事や布団を敷くために平気で部屋に入ってきたりします。旅館でのおもてなしは、プライバシーの壁を乗り越え相手に入っていくことで成立し、逆にもてなされる側もそれを受け入れていかないと始まりません。一般に西洋の価値観では、自分の意志で決めることが自由の象徴であり、決定権があることに価値があります。ところが、もてなす側に決定権があるのが日本流で、もてなされる側は「相手に身を委ねることの心地よさ」を味わうのが、日本のもてなしの神髄といえます。ただこのおもてなしは、双方に信頼感がないと成立しません。
 これを象徴するのが茶の湯の「献立」という言葉です。「献立」は相手のことを知り、季節を加味し、旬を盛り込み最高の組み立てで出すものです。しかし、あくまでももてなす側の亭主がすべてを決めます。それが、お客様に決定権があり好きなものを選んでいただく「メニュー(menu)=品書き」と違うところです。日本のおもてなしは、このように「茶の湯」の精神に象徴されるところがあり、はじめは強い緊張感がありますが、次第に食事が進み、酒が酌み交わされ、静かに茶碗をすすりあう頃には、緊張は緩んで主人と客の間には強い共感や連帯感が生まれ非常に心地よい時間になっていくのだと思います。
 日本流のおもてなしのディープな精神を共有していただくには、ある程度の時間を必要とするかもしれません。では、その入口ではどうすればいいのでしょうか? たとえば大丸有地区を訪れた外国のお客様に、街の人たちみんなが日本語で「YOKOSO!」と声をかけることです。英語をしゃべれないからと臆することはありません。あちらでも、こちらでも「YOKOSO!」という言葉を耳にすることで、外国からきたお客様は自分たちが歓迎されていることを知り、お互いの信頼関係を築くきっかけになるはずです。
 そして、次に行うのは、もてなす側がこの街のよさを知って、それを伝えることです。この街にはこの街からしか伝えることができないメッセージがあるはずです。それはこの街に対する一人ひとりの「愛情」です。自らの主観的な視点からこの街の魅力を伝えることで、その背後にある普遍的価値(=日本のおもてなし)を伝えることもできるはずです。そのためには、まず自分たちがこの街を好きになり、伝えたい何かをもつ必要があります。英語力はあくまで、エキストラです。英語をしゃべれるようになる前に、この街の魅力を自分なりにいま一度考えてみることが、おもてなしの準備の第一歩といえるのではないでしょうか。

八波浩一 出光美術館 学芸課長代理

当館は、エレベーターを降りると土壁をイメージした壁があり、その先に格子をモチーフにした受付があります。外の明るさから徐々に暗い世界へと目をならしていただき、作品がいちばん見やすい照度の展示室へ入っていただけるようになっています。そして、一転して展示室から出たロビーはワイドビューになっており、明るい日差しのなかでお濠を望むことができます。明から暗、そして再び明へという流れは侘茶の流れを意識したもので、美術館の設えも日本の"おもてなし"を意識したものです。こうした空間で、ご自身が感動できる作品に一点でも出会っていただくことができれば、それが最高のおもてなしになると思います。

國司大輔 築地寿司清本店 店長

もともと、寿司は日本のファストフードのはじまりといわれており、気取って食べるものではありません。ショーケースを見て、指をさしてこれ握ってくれでいいと思います。外国のお客様もリラックスして心を開き、このライブ空間にいち早く溶け込み、隣り合わせた日本人と仲良くしていただけたら最高の思い出になると思います。寿司ではなく寿司屋を体験していただく、これが私ども職人のおもてなしです。