Bi-Bo-6

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日常のあれこれ

「となりの谷川俊太郎」- 谷川俊太郎

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心臓

それは小さなポンプにすぎないのだが

未来へと絶え間なく時を刻み始めた

それはワルツでもボレロでもなかったが

一拍ごとに私の喜びへと近づいてくる

 

 

会う

始まりは一冊の絵本とぼやけた写真

やがてある日ふたつの大きな目と

そっけないこんにちは

それからのびのびしたペン書きの文字

私は少しずつあなたに会っていった

あなたの手に触れる前に

魂に触れた

 

 

拒む

山は/詩歌を/拒まない

雲も/水も/星々も

拒むのは/いつも/ヒト

恐怖で/憎しみで/饒舌で

 

 

影と海

私がだれかを傷つけるとき

苦しむのはこの私

あなたが誰かを苦しめるとき

傷つくのはそのあなた

 

苦しみも傷もついてくる

影のようにどこまでも

 

私がだれかを喜ばすとき

幸せなのはこの私

あなたがだれかを幸せにするとき

喜ぶのはそのあなた

 

幸せと喜びは歌っている

海のようにいつまでも

 

 

自分をはぐくむ

悪いこころと善いこころ

悪いことと善いことと

ふたつはからみあっている

木に巻きついた蔓のように

 

自分をはぐくむのは難しい

自分を枯らすのは簡単だ

 

あなたを導くのは

ほかでもないあなた自身

あなたはあなた自身を超えていく

自分を発見し続けることで

 

自分を大切に見つめたい

今日も明日(あす)もいつまでも

「毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集」 - 枡野浩一

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生と死と性が多かった。地続きである。

 

 

気づくとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで

もう愛や夢を茶化して笑うほど弱くはないし子供でもない

もっともなご意見ですがそのことをあなた様には言われたくない

他人への怒りは全部かなしみに変えて自分で癒やしてみせる

本当のことを言わずに済むくらいまじめな顔で話をしよう

思い出をつくっておこう 寝たきりの老後に夢をみられるように

三日ほど風邪で寝こんで久々に夢をたくさんみたので正気

こわいのは生まれてこのかた人前であがったことのない俵万智

人間は忘れることができるから気も狂わずに、ほら生きている

「生まれる」は受動、「生きる」は能動と考えている誕生日イブ

ファミリーがレスってわけか 真夜中のファミレスにいる常連客は

政治家は大なり小なり政治家になろうと思うような性格

死にたい死にたい死にたい そうまでして 死にたい人は生きたい人だ

笑っても泣いても同じなんだから私は泣いていようと思う

君はそのとても苦しい言いわけで自分自身をだませるのかい?

我々とあなたが言ったその々に私のことは含めないでね

本人が読む場所に書く陰口はその本人に甘えた言葉

「がっかり」は期待しているときにだけ出てくる希望まみれの言葉

まっすぐに批判されたい 宛先も差出人もわかる言葉で

「このような価値観を持つ私です」その告白が批評じゃないか?

年齢を重ねた肌をしっとりさせる必要あるんだろうか?

終わったとみんな言うけどおしまいがあるってことは素敵なことだ

ハッピーじゃないエンドでも面白い映画みたいに よい人生を

私など生きていたって世界には利益もないし弊害もない

意地悪な人ほど強く生きぬいて優しい人が死んでかなしい

そうでしょう 心の持ちようなんでしょう 心を持つのお上手ですね

かみさまというのはきみのしたことをかなしんでいるだれかのことだ

ドラえもん あなたがいるということが未来があるということだから

 

「デ・キリコ展 不思議の世界へ、ようこそ。」 - 東京都美術館

https://www.tobikan.jp/exhibition/2024_dechirico.html

dechirico.exhibit.jp

 

第二次世界大戦後の活動期間も長く、60年代以降の作品は、枠線は太くて平面的で、時代に合わせて?ポップアートやイラストレーションに近くなっていくようなタッチの変化がある。

画風は常に実験的で、私的な解釈と再構築にあふれている自由な雰囲気が良かった。配置や色のセンスに、デザイン性の高さ、「計算」を感じる。

展覧会のキャッチコピーで「不思議」と銘打っているが、私には「これだけ変な絵を量産しているのに、作品に狂気が滲まないとはどういうことなんだろう。」という意味で不思議だった。いや、私がマグリットに染まりすぎており、狂気を渇望しているせいなのかもしれない。

 

 

9 秋(1935)

秋の空、赤みのある肌。

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19 サラミのある静物(1919)

脂身の色の描き分けがすごい。(▼インスタの2枚目)

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13 バラ色の塔のあるイタリア広場(1934頃)

これが元祖 リミナルスペース か。

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31 南の歌(1930頃)

印象派の画風でありながら、ジョルジョ・デ・キリコならではのマヌカンや形而上的配置といった表現(脚の短さなど)が調和している凄み。

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48 剣闘士(1928)

バレエの所作 優雅で静けさを帯び、あらゆる心理が抜け落ちている

ここまでの展示を見て、ジョルジョ・デ・キリコの絵画は「恐怖、欲望、肉質といった衝動性や感情に訴えかけるというよりも、ずいぶん、さらっとしているな。」と感じていたところ、このキャプションで膝を打つ。そうだ、心理が抜け落ちているし、何かと「静的」である。音を感じさせないというか。

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57 風景の中で沐浴する女たちと赤い布(1945)

愛らしさと気品の高さの絶妙なバランスに見とれてしまう。ギリシャ彫刻のようでもある。

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64 オデュッセウスの帰還(1968)

箱庭である。

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「ハチ公といく天の川銀河ツアー」 - コスモプラネタリウム渋谷

shibu-cul.jp

 

新作とあって満席でした。今夜は夏の大三角形を探してみようか。

渋谷の谷底から空を見上げたイラストが楽しい。(投影前のみ撮影可)