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日常のあれこれ

マーラー ~君に捧げるアダージョ~ - パーシー・アドロン、フェリックス・アドロン監督

"MAHLER ON THE COUCH"

マーラー 君に捧げるアダージョ コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]

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2010/ドイツ・オーストリア/ドイツ語


結論を言えば、大穴でした。
タイトル、予告編、雰囲気どれもが陳腐な印象かもしれませんが、意外にも個性的な作品です。観ておいて損はないはず。


音楽家を取り上げた映画芸術はすでに世の中には数多あると思うし*1、正直なところマーラーという*2偉大なる指揮者の「天才の孤独・苦悩」を追体験する、みたいなよくあるお話だろうとふんでいました、予告編の五線譜を書きなぐるシーンがやたらと印象強かったのもあるかな。
ところが実際は上記のなまぬるい予想が吹き飛ぶような、ユニークなアプローチで彼の人生に迫ります。
「起きたことは事実だが、起きる過程は創作である」というのが本作の前置き。


「愛に翻弄される人生も、一興かな」なんて思えてきます。
主演の2人がとても繊細な演技を見せていて、展開にも重層感があります。
ひどく単純なイメージングだと与謝野晶子に近いかも。
予告編やあらすじを読むかぎり『ブルーバレンタイン』トラップかな*3、なんて思いますが見終わった後には案外「恋っていいな!だんじょってかわいいな!」とか思えるのでデートムービーかもしれません。
「気の毒ですが 運命の恋人です」


また個人的な経験としてドイツ産の映画を観たのははじめてかと思います。その意味でもドイツ語の特徴や美術(1900年ごろ)、人々の文化様式を垣間見ることができて良かったです。ちなみに余談ですが役者さんがマーラー本人とそっくりすぎてびっくりします。




★---



ネタばれするよ


本当は早くこの作品で語られている「愛」の部分のお話をしたいんだけれども、ほんの少し我慢してまずは作品の構造的な部分からせめていくことにします。
てか音楽の話なのに、作曲とか指揮とかしてるシーンが異常に少ない…!一応譜面とにらめっこしてる場面だったりピアノを触るシーンが描かれてはいるけれど、そこで物語が動き出すってことはないです。これはいままでにないような肩透かし感で、むしろ秀逸だと思いました。
この映画の始まりはフロイト先生へマーラーが相談をしに来るところから。睡眠やらフラッシュバックやらであらわれる回顧シーンが、パズルのように紡がれていくことによって話が進みます。フロイト先生は第三者的な立場(いわゆる常識人)として現れるので、観客には逆説的に「マーラーって変人だ。ちょっとかんしゃくもちなのかしら…」なんてふうに刷り込まれることになります。実際フロイト先生は「催眠かけるよ」「音は精神に影響するんだ」のくだりあたりがメインの役回り。まあ最初はケンカっぽかった2人が最終的によき友情(的ななにか)で結ばれるのでこちらのパートはなかなか気持ちのよい帰結といえます。
そしてロケはおそらくドイツやオーストリアの村々で行われたのだと思うのですが、現存する街を使っているのでかなり光を飛ばして「古くさく」見えるように加工している模様。道は石畳とはいえかなり現代的に映ってしまっているのがもったいないなあ…なんて思いつつ、それでもやはり18世紀の街並みが美しく現存するヨーロッパは素晴らしいなと思いました。教会や川辺、散歩道でのベンチでの場面なんかがとても素敵です。カメラワークはやや無骨で、後述するように文字通りの「マーラー目線」が多い気もします。*4食事の場面なんかもかなり敷きたりに細かそうで、今回の場合は優雅というよりは「こうしなくちゃならないから、こうやって食べてる」空気が伝わってきたのでコミカルな印象でした。部屋のあちこちに調度品というか絵画や芸術品が飾ってあるのもまた見所。
山肌に建ついなかのお家がよく出てくるんだけど、またその自然が広大なことと、自転車が大活躍してることと、やっぱり山がキーということでオーストリアの"内陸"らしさがここにあるのかな?なんて部分も。個々の場面におけるロケーションが絶妙な作品です。


さっそく本題ですが、初めの頃は結構マーラー目線というか「男性色強め」(に私は感じた)な切り取り方で話が進んでいくよね。まあ妻の不倫や貞操を嘆くわけだから当たり前といえばその通りで、奥さんの好き勝手ぶりに私たちがちょっとした怒りを感じるレベル。ところが、物語が進展していくと不倫なんかどうでもよくなる……っていうのがこの映画の最大かつ魅力的なポイントです。マーラーとアルマの出会った状況や周辺の人物の証言(「こっそりインタビュー」調なのがフィクションならではのハイセンス。なんかメタっぽくてすき)をどんどんと紐解いていくと、、アルマが下したおおいなる覚悟に私たちはたどり着きます。そうするともうどうすればいいかわからない、というかマーラーが与えるアルマへの究極の愛を私たちも充分に掴んでしまっているがゆえにアルマのジレンマへの共感も人一倍になる…わけです。作曲禁止令が出てもグスタフに着いていく…という、自己の犠牲性に最も女性な部分を感じたりもしてしまいます。フロイト先生とのかけあいでグスタフが彼女を「妻であり恋人であり親友であり…」みたいに述べるセリフや、不倫相手の前では女になりながらもグスタフの前では思わず母になってしまう彼女に、福山雅治の『化身』*5にもある「聖女」「遊女」「淑女」「少女」というフレーズを思い出します。
そしてまた若いころのアルマは遊び上手で、いろんな男の人と駆け引きを楽しんでいる様子からも、結婚後の生活がどれだけイレギュラーで、まさに「愛」によって支えられてきたのかを実感させる。そういえば「愛とは信じることだよ〜」なんてよく噂れたりするけれど、この「10年間私は作曲をせず、あなたに尽くしてきたのよ?私の10年間はどこにあるの?」というセリフこそがまさに「信じた結果」であるようにも思う。そこにこの映画の教訓が隠されているように思います。


グスタフもアルマも"自由"を信条に生きているだけに、その些細な違いが浮き彫りになる。ただそれは一概に悪いこととは言えないように思います。
グスタフのストイックさや、アルマの女性らしさも丁寧に描かれているので嫌味もありません。


史実だとグスタフは42のときに23歳のアルマと結婚したらしいです。うーんこの映画ほど「歳を気にする」ことってあったのかな?なんておもうけれど、やっぱりセンセーショナルな出来事ではあったんじゃないでしょうか。
グスタフ、アルマ、ツェムリンスキー、グロピウス…それぞれの色気も美しくて、そのシーンはこの映画にとって特別なものになっています。


小細工やどんでん返しみたいな展開はないものの、だからこそ逆に「私たちへの宿題」と感じられるような現実性のある脚本に仕上がっているように思います。単純な純愛ストーリーでもないしね。少々難しく感じる思考実験的な要素を取り入れてくるあたりがドイツ語圏らしいなあと、おおざっぱに思ったり?ユニークな史実をたくみに味付けして、風味豊かなラブストーリーに仕上げました、という感じでかなりおいしいメニューになったんじゃないかなと思います。*

*1:そのいずれにも私はまだ手をつけていないのだけれど。観たものと言えば『オーケストラ!』と『ヘアスプレー』くらい。

*2:私はずっと指揮者のイメージが強かったんだけど、作曲もしています。

*3:『500日のサマー』テイストでも可。一見幸せそうに見えて、じつはブルーなおはなしのたぐい。

*4:彼女自身が発露するセックスアピールと、グスタフという立場から「見る」ことによって「感じている」ことの対比、というのもちょっとした発見かもしれない。

*5:http://www.uta-net.com/song/79840/