Bi-Bo-6

Bi-Bo-6

記憶を記録 feat. 宇田川藍

わたしを離さないで - マーク・ロマネク監督

"NEVER LET ME GO"

2010年/イギリス/英語


出演
キャリー・ミリガン/アンドリュー・ガーフィールドキーラ・ナイトレイ



カズオ・イシグロという日本に生まれながらもイギリスに育ち、やがてイギリスに帰化したという男性の書いた小説を映画化したもの。
トレーラーを観たときは、「穏やかで少し陰鬱としてる映画だなあ」という感想だったけれど、その印象は観た後も変わっていない。
主演3人の演技力が申し分ないこと、切り取る情景の美しさ(私たちの心へ、素直にとどく。イギリスならでは忍耐強さも感じる描写。)、
それらを鑑みて、小説の映画(映像)化という意味ではとても上質に仕上がっているのではないかな、と思います。カラーバランスが印象的。
トーリーよりは、演技と彼らの空気感・情景と感情の揺れなど、トータルでつくりだされた世界観に浸る、という趣旨の映画なんじゃないかな。
そういった世界の区切り方には日本的な文脈との親和性を感じる。


原作はSFであると評されていますが、この作品を見て、「SF」というジャンルの見方がだいぶ変わったように思う。
SFと言われると『猿の惑星』とか『インセプション』とか、奇想天外なものを(どこか少年心が漂うものを)思い浮かべることが多かったけど、
そして今作はそういった作品群とは明らかにちがう含みを有している。
観た直後は「うーん?これってSFなの?」と正直おもったし、その設定*1は付加要素でしかない気もした。実際のところ、「非常にリアリティのあるSF」という意味で、私が勝手に「あんまりサイエンス・フィクションぽくないな」と認識しているだけで、要素を鑑みるとやはりSFという類に近いのだろう。
どこか「人の心をもったロボットのかなしみ」*2を思わせるのも(実際そういう話ではないのだけど)、日本的である。


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ネタバレをふくみます




ただ、トミーがキャシーを「ずっと」好きなことや、3人の「絆」の部分に関してはもうちょっと踏み込んだ描写が欲しかった。*3
やっぱりどこかルースが強引な部分*4で、私たちは比較的キャシーに感情移入しやすいんじゃないかな、と思うけれど、かと言ってそれはヤキモチとか悔しさとかそういった感情だからあまり気分の良いものでもなく、努力と実力で変化させられる状況でもない。
ただ、この作品の肝は3人のいずれかの感情に寄り添うことではなくて、彼らがあえて絶対的に寄り添えない立場(「提供者(ドナー)」という出生・抑圧のなかで潔癖に育てられるということ)をとることで、「あらゆる運命にも愛は存在して"しまう"」というような逆説的な証明になっているのではないだろうか。*5


事実を知り絶望の叫びをあげるトミーと、それを見て力強く抱きしめるキャシーのシーンが一番の見所だったように思う。最近「人を好きになるって、何?」と若干真剣に考え始めてしまったわたしにとってはかなり刺さる場面だった。それは、覚悟のことかもしれない。逃げつづけても、賞金がもらえるわけでもない。肉体的な"completion"を日々感じながら生きる恋愛っていうともっと終末的な感じなのかな?と思ったりもするけど、意外にも穏やかで温かみのある関係が描かれる。それもまた「うつくしきかなSFの愛」という感じがする。


日常的に「恋におちる」快感を求めてしまいがちだけど、それは愛にとって過剰な装飾なのかな、とも思ったり。*

*1:「臓器移植のためのクローン」という技術・制度

*2:奇しくも、まさにこの題材でつくられたスパイク・ジョーンズの「I'm Here」にもアンドリュー・ガーフィールドは出演していた。

*3:「君があの雑誌を読んでいたのは、セックスに興味があったからじゃない。オリジナルを探していたんだろ」の部分はかなり好きなシーン。ただトミーが「性欲は誰にでもあるんだよ」と説くシーンには、「へ?彼ってアカデミックだったけ?ただの変人という印象だけど」みたいな感想をいだいてしまった。

*4:キーラがいかにも、で。やっぱり彼女には気の強い女性像が似合う。

*5:やっぱり体が商品であるドナーという立場、死の要素が膨らみすぎた人生の中では恋愛やぬくもり、セックスへの欲求も自然に高まるだろうし、だからそういった意味で純粋培養な気持ちを描いているのか?と問われるとまた違う解釈が生まれそうでもあるが、