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記憶を記録 feat. 宇田川藍

ヒルズ 挑戦する都市 - 森稔

ヒルズ 挑戦する都市 (朝日新書 200)

ヒルズ 挑戦する都市 (朝日新書 200)

読中、読後の陶酔感がすごい。
気持ちのよい音楽を聞いているみたいに、ひとつひとつの言葉におぼれてしまいたい。

「最上階を最高級な住居やオフィスにすることもできたのに、森さんはあえてここに文化を置いた。その事実が、彼の都市づくりの思想について多くを物語っているように思えます。」
六本木ヒルズのような都市デザインは都心の再生に向いています。工業化時代に機能分散が進みましたが、知識情報時代は都心に人や企業が戻ってくる。ですから都心は高度な土地利用を図り、多くの都市機能をコンパクトかつインテグレート(統合)した形に再生して人口を集め、その分、郊外は自然を保全していけば、全体として持続可能な都市になるでしょう。」
現代アートはまだ馴染みも薄く、愛好家も少ない。その背景には、評価の定まらないもの、従来の枠をはみ出したものに、懐疑的な日本人の特性もあるのだろう。しかし、現代アートのなかから次の古典が生まれるのだ。いま、古典といわれるものも、当時は先鋭だった。その誕生に立ちあいたい。同じ時代を生きるアーティストを応援したい。」

街そのものがメディア

私は、六本木ヒルズを「都市の磁力を発するメディア」としてとらえている。

森ビルがメディアホルダーに

 六本木ヒルズには既存のテレビ局やFMラジオ局にがあるが、森ビル自身もじつはメディアホルダーである。
 メトロハットの大型スクリーンからオフィスや住居用エレベーターの中の小型ディスプレイまで、大小二百七十二面の映像装置がある。ここから発信する情報は、森ビルの映像配信室で、それぞれの場所にあった内容をプログラミングして発信している。
 ウェブやタウン誌『ヒルズライフ』(発行部数十五万部)などの媒体でも街情報を発信しているほか、メトロハット内の内幕・外幕、駐車場や街路の床から壁面まで、情報ツールとして使い、ヒルズ文化や企業や店舗の情報を発信している。通常の街とも既存のメディアとも違うことは、街のなかにある情報発信ツールを森ビルのタウンマネジメント事業室で一元管理していることだ。
 一元管理によって、街のコンセプトやブランディングにふさわしい内容や品質、オリジナリティを保つことができる。
 また、あるテーマで街全体を埋め尽くすといった使い方もできる。私たちは、このプロモーション手法を「ヒルズジャック」と呼んでいる。電車の中吊りがひとつの広告で埋め尽くされることがあるが、それを街全体で、しかもさまざまなメディアを使って立体的に展開したもの、と考えるとわかりやすい。
 過去七年間、たくさんの企業や団体がユニークな「ヒルズジャック」や、街全体を使ったプロモーションイベントを展開している。
 企業のPR活動はもとより、さまざまな国際映画祭や、各国のPRイベント、自治体や文化団体などの文化活動、、アートイベントも行われ、さまざまなメッセージを多角的に立体的に伝える新しい手法として定着した。

「東京都民の大半が全国にルーツがあり、東京には各地の文化が混在している。加えて日本人は元来、外来文化や海外の技術を受け入れ、消化吸収して日本流に編集する能力も高い。この文化ミックスや異文化の消化吸収力も大きな特徴であり、東京の磁力になる。しかも、東京には全国的なメディアも集まっている。日本人はいい意味でも悪い意味でも感染力が高く、いったん東京で火がつけば日本全国に伝播する。問題はそうした伝播力が国内で閉じていることだ。」
「「ビルを建てて貸すなんてクリエイティブなビジネスではない」と思われるかもしれないが、取り組み方次第で工夫の余地はある。むしろ、クリエイティブでないと思われている分野ほど、工夫した効果がはっきり現れる。そうなると仕事も俄然楽しくなる。」
「ヨーロッパの美しい街並みに惹かれる人は多い。たしかにそこには美しい秩序やスタイルがある。しかし、オールドタウン化してしまっている。その理由がだんだんわかってきた。その時代、その時代のテクノロジーでレベルが止まってしまっているのだ。街は生きている。その呼吸を止めるほうが不自然だ。都市は、いまこの瞬間を生きる人の営みを受け止め。これからのライフスタイルや価値観を実現するものでなければならない。一方で、「歴史的に価値あるものは残すことが大事だ、それこそが文化である」という意見も多い。私も「歴史的に価値のあるものは残すべきだ」と思う。ただ、私が考える「歴史的に価値のあるもの」とは、日本独自のもの、世界にふたつとないものである。欧米のフェイクではない。

地価の上昇で、一般のサラリーマンは都内に家が持てなくなり、郊外へ郊外へ住宅開発が広がっていった。物質的には豊かになったが、自由な時間は奪われ、精神的なゆとりも失われしまったように多くの人々が感じていたのではない。何か、おかしいと。

ニューヨークには世界から一流のアーティストが集まっていた。経済活動で生み出した富が、文化活動に還流されているだろう。経済は文化のパトロンであり、文化は都市の魅力や磁力を測るバロメーターなのだ。

東京都の「東京のしゃれた街並み推進条例」
『アーバン・ニューディール政策

メディアは、竣工時の稼働率を見て成功だとか失敗だとかいうが、それは表層的な見方である。都市は生きている。時代を呼吸しながら育っていくものである。本当の評価は誕生した時点ではわからない。時代の波を受けとめながらどう成熟していくのか、社会経済にどんな効果をもたらしたのか、それによって何を実現したのか、長い歳月をかけてわかってくるものである。

好事成双=好いことはふたつ一緒にくる

「アジア経済回廊を照らす街灯のように、北京、ソウル、東京、上海、台北、香港、バンコク、クアラルンプール、シンガポールといった花形都市がほぼ等間隔にならんでいる」
小説家も画家もファッションデザイナーも、同じ作品は創らない。クリエイティブな世界では前例踏襲はない。個性的であること、ほかと異なること、新しいことに挑戦しつづけることは、当然であり、必然である。〜既存の街も、絶え間なく変化していかなければ魅力や鮮度を失う。時代の要請も変わり、人々のニーズも価値観も変わる。街のハードもソフトにも「変化する仕組み」を組み込んでおくことだ。