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記憶を記録 feat. 宇田川藍

セゾン文化は何を夢みた - 永江朗

セゾン文化は何を夢みた

セゾン文化は何を夢みた

へー。セゾンの本が朝日新聞出版から…みたいな意外な世の中のつながり。
セゾン文化財団の話は大学1年生の時に授業で大きく取り上げられて
その時依頼「企業メセナ」というものに興味も湧いてきたんだけど、
この本はその、現在の活動にいきつくまでどんなことをしてきたのかがよくわかるのでとても良い勉強になった。


あとやっぱり渋谷に育った者として、PARCOの存在だったりロフトや無印良品の話もまったくもって無視できないところ。
この本の執筆には「自身の20代はセゾン文化そのもの」と言う個人的な経験が一番下の土台にあって、後半の、特に辻井喬さんとのインタビューで「文化がすべてですよね!」と語る部分でそういった主観の色がかなりついていた。もちろん内部にいた物だけが感じることのできる独特の高揚感(この本の中ではそれを自意識過剰だったと皮肉ってるけど)はあったはずなので、「帰属意識もてないの」と悩んでしまうようなタイプの私にはとても新鮮だったし、そういった「愛組織精神」も少しうらやましい。素直に思う。


私もアート好きのはしくれになって、最初はただイベントに足を運ぶだけなのがだんだん好きな画家が見つかったり、絵画以外のジャンル(ムットーニさんの作品がとても印象的だった)の作品を知ったり、ちょっとずつそういう世界に足を踏み入れているけれど、それってよく考えれば「自分は80年代にセゾン文化にいかにもはまってしまいそうな人」だなあと。たまたま自分が2000年代に育ってきたからセゾンにあまり関係なく生きてきたけれど、今でもパルコパート1のロゴスギャラリーやパルコファクトリーには気づかないうちによく足を運んでいるから、やっぱりそういう感性の人間なんだろうと思う。


PARCOのポスターやコピー、キャンペーンは昔から興味があって、自分が広告に深く関心を寄せるきっかけにもなっていた(ミッドタウンのDISIGN HUBでPARCOのポスターを見たときは「やっぱりここだよね」と思った)。


そしてこの本では折にふれて「セゾングループの凋落」「それらは堤清二の道楽で文化産業に力を入れすぎたしっぺ返しだという誤解が絶たない」というフレーズが繰り返される。
そもそもセゾン文化の隆盛、西洋環境開発軽井沢開発などを体感していない世代からすれば、バブルらへんでセゾンの威光がすごかったと言われてもそれは「だったらしい」といううわさ話の域を出ない。
池袋や渋谷といった土地に対する人々の視線も違っただろうし。だから、正直なところその感覚はわからない。
ただひとつ言えるのは、これらは決して「ださい」カルチャーには、なってないと思う。


そしてこの本の中でしょっちゅう言われる「イメージ戦略の時代は終わったのだ」という話。
そうか、あのPARCOのセンスある広告は、「一度評価されて、今はそこそこに落ち着いた」遺産であるのか。ということはこの本を読むまで知らなかったこと。世間的には、今は落ちぶれたと思われているのか。
そしてまたイメージ戦略はバブルとともに崩壊したと言われるけど、昨今うるさいほど叫ばれている「デザイン」っていう言葉は、この「イメージ」がうにょっと変化したものではないのか?というひとつの懐疑も生まれてくる。

  • アール・ヴィヴァン

アール・ヴィヴァンは個性派書店のさきがけだった。黒を基調とした薄暗い店内はそれまでの「書店は明るければ明るいほどいい」という常識の正反対だった。
アール・ヴィヴァンでは、客と店員が作家や作品について話し込むことは珍しくなかった。
書店員も店頭では演劇的であるべきだと常々語っていた。

  • リブロ

書店風雲録 (ちくま文庫)

書店風雲録 (ちくま文庫)

出版という行為の意義はいろいろあるだろうが、そのひとつは多様な価値観を提示することにあり、マイナーな本も含めた多様な本を客に見せることで担保される。客がすでに知っている本だけでなく、あるいは客が探している本がそこにあるというだけでなく、「こんな本があったのか」「こんな世界があったのか」と思わせるようなフェアをたえずやっていかなければならない。そのような書店として、リブロは構想されたのではないだろうか。
「リブロで徹底的に意識させられたのは、イベントとプロパーの区分けをきちんとすることだった」と中村は言う。プロパーというのは、定番的に置かれている商品だ。それとイベント的に置かれる商品によるメリハリ。よく使われる言葉で言えば「地と図」、あるいは「背景と役者」。ベースとなるプロパーの品ぞろえがあり、その前で目立つイベントが展開される。しかし、実際に売り上げをつくるのはイベントではなく、プロパーである棚の定番商品だ。
セゾングループにとっての文化事業:文化の多様性を紹介するための、ひとつの窓口であり、イベントを見た客が、必ずプロパーの売り上げにフィードバックされると確信しての行為ではなかったのだろうか。
リブロ以前の書店の棚は「年表」だった。それに対してリブロの棚は「海図(チャート)」である。たとえば思想・哲学の棚であれば、その前に立つと、いま・なにが問題となっていて、それが過去のどんなことと関連しているのかが一目瞭然なのである。
内部と外部の両義性をもった空間

  • セゾン美術館

なぜ国公立の美術館はゲスト・キュレーターとして評論家に企画を任せられないのか。それは構造的な問題なのだと難波は言う。各美術館の主要な企画展覧会は、新聞・TVの事業部によって予算を含めた大枠が決められ、美術館は彼らに依存せざるを得ない。一方で単なる貸会場化を嫌う学芸員は、評論家を超えるべく自らの専門的論文をカタログに掲載する。その両者のバランスで成りたっているところへ評論家が入り込む余地がなくなっていた。
美術館は道楽でもなければ販促の道具でもなかった。もっと積極的に、百貨店のなかで現代美術を紹介することによって何かが生まれると信じていたのではないか。価値有るものを並べるのではなく、何かを並べることによって新たな価値を生み出そうとした、と言い換えてもいい。
「パリとニューヨークの温度差、ロンドンとパリの温度差っていうのもある。ニューヨークの場合は戦後の資本主義のなかで、企業中心でうごいている側面が強い。個人、企業のオーナーが主体です。国家でも州でも市町村でもない。ヨーロッパは資本主義国家であっても、基本的に社会主義的な、国家が文化を国民に対してサービスするという精神が根付いている。」

ノーブランドを漢字にすれば無印。ノーブランドだけど品質のいいものを、ということで無印良品。なんだかギャグみたいな話が出たのはそのブレストでだ。「私はカタカナが嫌だったのね。カタカナではどんなにネーミングをがんばっても、まるで輸入物の二番煎じみたいじゃないですか。そこでコピーライターの日暮真三さんがまず「無印」「良品」の案を出した。田中光一さんは天才的で、その会議のすぐあとに『無印良品』って書いて、無印の三つの核である『素材を選ぶ』『工程を省く』『包装簡略化』を四文字の三つの間隔にはめて、これをコピーでうめて、って言うんですよ。そうやってうめていくと、だんだん無印良品の顔ができてくるわけ」

なんとなく、クリスタル (新潮文庫)

なんとなく、クリスタル (新潮文庫)

二人ともユートピア思想をもっていた。生活が美しくなれば世の中がよくなるのだと信じていたし、そのためには個人が日常生活について批判的な目を持つことが大切だと考えていた。日常生活の道具を素直に見つめるためには、ときに名前が邪魔になる。名前が物を見る目を曇らせる。無印良品が匿名的であり続けるのは、消費者が名前ではなく本質で商品を選ぶためのトレーニングとしてそれがあるからであり、その向こうには自立した個人としての消費者、という夢があるからなのではないか。

「西武の苦しさというのは、堤清二辻井喬がいて、そのどっちがしゃべっているのか社員に分かりにくいということだろうと思う」
「いい気になって、文化の仕事をしていますなどと大きな顔をしちゃいけない」

モダンの五つの顔

モダンの五つの顔