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記憶を記録 feat. 宇田川藍

881 歌え!パパイア - ロイストン・タン監督

http://manage.tiff-jp.net/report/daily.php?itemid=1433&catid=8
「日本・シンガポール映画人シンポジウム〜珠玉のシンガポール映画は、こうつくる!〜」
シンガポールラバーには垂涎もの、なイベントに参加。


シンポジウムと「881 歌え!パパイア」の上映会にお邪魔することができました。
シンポジウムはエリック・リーさんというシンガポール生まれの映画監督の方も交えて。


シンガポール・アジアに限らず映画業界全体の将来にまで話が及んでいて、聞きごたえがすごくあった。
これは映画に限らず言われていることですが、日本は(減ってるとはいえ)人口が充分に多い。だから国内でヒットを狙えばそこそこのお金が儲かるという話。だから、実質的には鎖国しちゃってるじゃん、というような状況に陥りやすいのかもしれない。
逆に韓国は正反対で、韓国人だけを相手にしていても爆発的なヒットは望めないからこそ、日本含め対外的な戦略を政府主導でまで推し進める、と。サムスンだったりエンタメ業界だったり。香港もそんな感じだとか。
だから邦画はおもいっきりローカライズされていて良いわけで、それって幸せだけど不幸、不幸だけど幸せ…


そして、今までそれで良かったかもしれない、だけどこれからは人口が大きく減少する時代になる。
労働力も消費力も下がっていく一方なのは目に見えている。しかも高齢化。
そんな波に飲まれてエンタメ業界はどういう風になっていくのだろう。
日本という環境は衣食住を満たしやすいだろうし、だからこそ、文化と呼ばれる心の栄養がずっと残るように、エネルギーがこの分野に注がれるといいのだけど。


そして、「良いものは良い」と自分たちが"宝の山"から本物のダイヤモンドを見抜ける力をもつこと。それを人に伝えていくことの重要性。


追記以下は映画の感想です。


881 歌え!パパイア
"881"
2007年/シンガポール/中国語・英語

歌え!パパイヤ [DVD]

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やや泣きミュージカル。


★----


歌台(ゲータイ)でショーをする2人組姉妹のお話。
笑いの部分がやっぱり日本とはちがう、というのが第一印象(これだけでも観た甲斐がある)


トーリー自体は山場を結んだだけ。だからあまりテクニカルではない。
だけどこの映画はそんな稚拙な脚本のことなんて気にならないほど、「伝えたいこと」の芯がしっかりしている。
それらはすべて劇中で歌われる曲の歌詞に表れていて、歌の世界と映画内の出来事が見事にクロスしている。
その芯というのはいわゆる「人生のはかなさ」なのだけど、
ビッグとリトルだけにとどまらない、ママやグアン・インも含めての、ちょっとした群像劇になってる。


生まれたときから決まっていること、抗えない存在について。
神様にお祈りして、できるまじないはなんでもし、毎日の災難に泣き笑いする生活。
華やかな衣装と拍手に包まれながらも、歌台というステージの中で生きるしかない2人の儚さ。
苦労をさせたくない親の愛と、自分のしたいことを貫く子供の気持ちの葛藤。


何よりも人とのつながりが丁寧に描かれていた。日本でいう「身内」という概念に近いと思う。
「みんなの助けを得て」「みんなで一緒に」なにかを達成する、という図式はアジア的なのかもしれない。


生まれた時から決まっていることは多くある。それに絶望するのではなくて、「与えられた環境」に感謝することはまず何よりも大切。その上で、やりたいことをして楽しく暮らすこと、日々すごしていった積み重ねが「私の一生」になるのだなあと、リトルの生涯を見て思う。


シンガポールの文化という点では「やっぱりすごく中華系」。
衣装は小林幸子的。歌台のパフィーマンスを実際に見たことはないけど、夜市の様なところで大音量でカラオケやってたりするのでなんとなく「中国人と歌謡」のイメージはつくようなつかないような。
シンガポールはおつむの高い国として有名だけど、大学生とか若年層はふだんどんな文化(ここでは主に音楽)に接して生活しているのかな。金融やら貿易やらで儲かっていて最先端の技術もあるはずの国といえど、エンタメで世界に名をはせるなんてことはそうそう簡単じゃないんだろうなと同時に思う。
映像技術や音楽の技術に関しても、この映画を見たあとでは「日本てすごい頑張ってる方なんじゃないの!」って思ってしまうほど。そういう部分にすごく細かく完成度の高い作品を出せる国民性、もはや愛しい。
まあ日本とシンガの映画を比較対象にするべきではないのは承知で、それでもやっぱりbetterの以前のwellの積み重ねがまだまだ弱いんだろうなとは率直に感じる。そして蓄積と年月はある意味では同義なんだろう。「日本頑張ってる」っていうのは、今までに「どれだけの日本人が日本人のために映画を撮ったか」という実績の上に成り立つ。
ところが邦画は完成度が高い一方で、映像美(絵になるか)に重点を置きすぎなのかなあとも思ってしまう。
CGの綺麗さ云々よりもメッセージが国境を越えて伝われば…、という実感は否めない。



シンガポール映画というと、単純にあまり観る機会もなく、
またシンガポール文化そのものを垣間見れる機会もそうそうないので、
とてもよい経験になったことは間違いありません。
自分の存在を1/68億ととらえるか1/1,3億ととらえるかで、私の人生は変わるのだろうか*