Bi-Bo-6

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記憶を記録 feat. 宇田川藍

☆"ライフステージ"という視点 - 中村佳子

「もっと新しいことがしたいという気持ちも、私たちの中にある。宇宙へは出てみたい。一方、ヤバイぞと言う声も中から聞こえてくる。人間はこの二つの面を持っています。
ところで、なんだかおかしいという声はどこから出てくるのでしょう。これを私は、「生きものとしての人間」、「人間の持っている生きもの感覚」と言っています。」
「私たちの生活の中で、しばしば「現代文明」と対置させる、歴史、文化、地域、人間などの諸側面は、すべて長い間の人間と自然との関係の中で培われたものであり、その基本は、自然との共生だったのです。自然と共生しなければ生きられなかったというほうが当たっているかもしれません。獲物を取りつくしたら、次の年は飢えることになる。生きものとしての人間の直観は、それを教えるわけです。地球上のあらゆる場所で培われた知恵です。」

「自然・人間・(科学)技術の関係について考える。ここで中心に据えるべきは、やはり人間でしょう。これは当たり前のことです。もし、この同じ問題を、イヌが考えたら、イヌを中心にするに違いありません。今、私たち人間が考えているのですから、人間が中心にならなければ視点は定まりません。最近は「自然にやさしい」「人間にやさしい」「地球にやさしい」という言葉が盛んに使われますが、この場合の主語は何なのでしょう。そして「自然にやさしいこと」と、「人間にやさしいこと」とは同じなのでしょうか、それとも違うのでしょうか。同じだとしたら、具体的にどういうところが同じなのでしょうか。違うとしたら、自然にやさしいことと人間にやさしいこととは両立し得るものなのでしょうか。」

  • 傍若無生物

「傍若無人な振る舞いをすれば、友人を失って自分が淋しい思いをする。それと同じで、自然に対して勝手なことをすれば、自然という仲間を失って人間が悲しくなったり淋しくなったりするのです。だからそんなことはしない。「自然にやさしい」などという*ややこしい*偉そうな*ことではなく、私が悲しいからしないというわけです。」

「一人一人の人が納得のできる生活ができる」
環境保護も開発も、それを支える技術も、このような人間の生活を助けるものであって欲しいと思うわけです。というより、このような技術であれば、自ずと環境保護と開発とが一体化していくはずです。」